支配的な毒親に30年苦しんだ私が地獄から生還するまで

自分の親が毒親か見極めたい/毒親から解放されたい/生きづらさを解消したい/そんな方に伝えたいブログ

毒親体験談

父親VS祖母 ~毒親育ちです~

父親は、母方の祖母を嫌っていました。直接対決した時のお話です。

私の母も母が嫌い ~毒親育ちです~

母も実母が嫌いでした。だから私は親を嫌う事に罪悪感がないのです。

携帯を持つ条件 ~過干渉な毒親~

携帯が欲しいと親に頼むと、条件を提示されました。

親の付き合いで買った自転車の話 ~毒親は新興宗教の信者~

親は新興宗教の信者でした。その付き合いで私の自転車を買ったのですが、もう最悪の思い出です。

成人式の振袖 ~毒親育ち~

親が「振袖は買うから」と言い出したのです。その理由で、私はとても複雑な気持ちになりました。

従姉妹が遊びに来ても、勉強漬け ~毒親から教育虐待を受けていました~

長期休みになると従姉妹と叔母さんが遊びに来ました。その時も私は勉強漬けでした。

父親の教育虐待を見た他人の反応

幼少期から18歳まで教育虐待を受けていました。誰も助けてくれませんでした。

毒親「大学は国公立しか許さない」 ~教育虐待を受けていました~

「大学は国公立しか許さない」私の意見なんて聞いてもらえませんでした。

毒親に禁止されていたモノ

うちの親は過干渉型の毒親です。禁止されていたモノは沢山ありました。

年末年始、実家に帰りたくない ~毒親育ちあるある~

年末年始、本当に実家に帰りたくなくて毎年必死に理由を考えていました。

初詣は禁止。 ~毒親に強要された新興宗教~

毒親に強要された新興宗教には、色んな禁止事項がありました。

毒親が「紹介したい」と言ってきた男性。

ある日、毒親に「紹介したい男性がいる」と言われました。とんでもない事〇物件でした。

毒親から教育虐待を受けて育ちました ~親は高卒なのに、どうして私に大卒を望むの?~

幼少期から18歳まで教育虐待を受けていました。「大学は国公立以上」など、親のスペック以上を求められたのです。

毒親に強要された新興宗教を脱会した私に 毒祖母が言った言葉

30年苦しんだ新興宗教。やっと脱会した時、毒祖母の言葉でまた苦しい思いをしました。

子供はいつも毒親のサンドバッグ

子供はいつも毒親のサンドバッグ。 「勝手にそっちで喧嘩してくれたらいいのに」そう思っていました。

中学3年生の時、学校の先生と付き合っていました。~毒親育ちの告白~

中学3年生の時、学校の先生と付き合っていました。 窮屈な家庭環境の中で、唯一の癒しでした。そして、毒親への最大の反抗でした。

私の結婚相手にまで宗教の勧誘をしようとする毒親

とある新興宗教にドハマりする毒親。当然、私の結婚相手にも勧誘をしようと考えていました。

毒親の事を周りに相談出来なかった。

今になると何故毒親の事を周りの人に相談しなかったのか…と後悔していますが、その時は「隠さないといけない」と思っていました。

教育虐待。1番辛かった習い事

3歳から18歳まで教育虐待を受けていました。大嫌いなバイオリンを習う理由は、親の勝手な都合でした。

毒親「部活は絶対に入れ。子供は疲れたら余計な事をしなくなる」

中学受験に合格してからも、毒親の過干渉は続きました。

教育虐待の原因は毒親の学歴コンプレックス

私は幼少期~大学受験まで教育虐待を受けていました。その原因は親の学歴コンプレックスでした。

自己紹介【毒親の元に生まれた私が経験した地獄】

毒親の元に生まれた私の人生を書きました。教育虐待/宗教の強要/過干渉

毒親育ちあるある。親に何も話さなくなる。

毒親育ちは、辛い家庭環境で自分を守る術を身につけます。何を話しても否定されるので、何も話さなくなるんです。

宗教にハマった毒親の異常性

毒親はある新興宗教にドップリでした。洗脳された姿は異常でした。

毒親に強要された宗教を脱会した話。

幼い頃から毒親に「この宗教を辞めたら不幸になる」そう言い聞かされてきましたが、大人になって脱会した話。

宗教の強要は辛い ~新興宗教にどハマりする毒親~

ある新興宗教に父親がどハマりしていました。もちろん私にも強要してきました。

毒親に結婚を報告した時の反応

電話で父に「結婚したい人が出来た」と言った時の反応で、私はショックを受けました。

絶縁状を出して、毒親に復讐した話

毒親に絶縁状を出し、復讐をしました。私は復讐をせずに前を向くことが出来ませんでした。「あの時、復讐しておけば良かった」と後で後悔なんてしたくなかった。毒家族に苦労させられたけど、自分は最後ダメージをくらわせた! そう完結したかったんです。

自分の親が毒親だと気づいたきっかけ

うちの親って何かおかしくないか?と気づいたのは社会人2年目の24歳の時。それまで「うちの家族は厳しい」くらいにしか思っていませんでしたが、ある出来事をきっかけに“この家族は私に害を与える”そう思うようになりました。