支配的な毒親に30年苦しんだ私が地獄から生還するまで

自分の親が毒親か見極めたい/毒親から解放されたい/生きづらさを解消したい/そんな方に伝えたいブログ

【毒親育ちの後遺症】 自分を犠牲にして相手に従ってしまう

こんにちは。

毒親育ちの梅野いより(@umeno_iyori)です。

 

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私は、教育虐待と宗教の強要を受けて育ちました。

 

習い事、中学受験、大学受験・・・そして宗教まで親に決められ、私はずっと従ってきました。

 

 

自分の意見なんて言えた事がありませんでした。

 

「自分を押し殺し、親に従う」これが当たり前だったのです。

 

 

そんな私は、“自分で決めて行動する“という自分軸が全くありませんでした。

 

所謂、他人軸。

 

この後遺症は、仕事にも影響しました。

 

 

 

大学生になるとバイトを始めたのですが、私は「ある日突然ブチ切れて、そのまま辞める」を繰り返しました。

 

恥ずかしながら、きちんと辞めた経験は学生バイト時代に殆どありません。

 

 

 

 

なんとも非常識なのですが、自分の中では毎回同じパターン・理由があるのです。

 

それは、自分で物事を決められない→自己主張が出来ない(Noが言えない)→バイト先の都合にばかり合わせるので、良いように使われてしまう→我慢が限界になった時に爆発してその場で辞める

 

この繰り返しでした。

 

 

 

 

いくつかエピソードがあります。

 

 

・シフトを自分で決められないので、押し切られてしまう

 

「シフトを出して」と言われても、自分では決められないのです。

 

「どうしたら良いですか?」と聞いた事もあります(笑)

 

 

そして「この日も出てよ」と言われると、断れませんでした。

 

 

そうなると“頼めば出勤してくれる子“認定されてしまう。

 

大学生で遊びたい時期なのに、「GW全部出勤で良いよね~?」と押し切られた事もありました。

 

まぁ出れない事もないし・・・こんな小さな積み重ねが、どんどん自分の負担になっていきました。

 

 

 

 

・振られた仕事を断れない

 

コールセンターで通販受注のバイトをしていた時の話。

 

最初はオペレーター(求人通り)だったのですが、派遣社員の方が後から30人くらい入ってきて、私はそのサポートを頼まれました。

 

派遣さん達が分からない事があったら質問を受けたり、対処をするのです。

 

 

 

大学生で若い事もあってか、年上の派遣さん達に丁寧に対応していると、みんなちょっとした事で私を頼るようになりました。

 

 

タチの悪い客の対応を、私に丸投げしてくる。

 

商品+送料の簡単な計算も、いちいち確認してくる。

 

修正テープを忘れたから貸してくれと平気で言ってくる。

 

お昼休みの時間(交代制)が気に入らないと言ってくる。

 

わざわざ呼ばれて「スカート短くないですか?」と言われた事もありました。

 

 

 

完全に舐められており、良いように使われていました。

 

「何かあれば、あの人を呼んで教えてもらえば良い」

 

そう思われているのは明らかでした。

 

 

「他の人は怖いけど、梅野さん(私)だけは嫌な顔をしたり、怒ったりしないから楽」

 

と陰で言われている事も知りました。

 

 

 

 

 

これが社員なら分かるのですが、私大学生のアルバイトですからね・・・。

 

他の人も「もう受注業務に戻りたい」と上に掛け合って元に戻っていました。

 

 

元の求人内容がそれだから、言う権利もあるはずです。

 

でも、私は言えませんでした。

 

それで、ある日に爆発→そのまま辞めました。

 

好き勝手していた派遣さん達は残り、我慢していた私だけが辞める羽目に・・・。

 

 

 

 

・理不尽な扱いにも我慢してしまう

 

飲食店で働いていた時の話です。

 

人間関係は良かったのですが、経営している会社が最悪でした。

 

「明日までに指定の口座を開設しないと、今月分の給料支払いが間に合わない」といきなり言われたり、社員さんが突然いなくなったり。

 

明らかに問題のある会社でした。

 

 

 

最後は「急ですが明日で閉店します。再オープンする2か月後までは他の店舗のヘルプに行ってください」と言われました。

 

このタイミングで辞めた子や、ヘルプには行かず2か月後に戻ってくると決めた子もいました。

 

 

 

でも私は言われるがまま、他の店舗のヘルプに。

 

2か月後の再オープンに元の店舗に戻ってくると、店は工事も入らず何も準備されていませんでした。

 

それでも私はそこで働き続けました。

 

 

 

 

これだけ理不尽な事をされているのに、私はバイト先の都合の良いように残りました。

 

そしてある日、限界が来てその日付けで辞めました。

 

 

 

 

 

当時「自分はどうしてまともな辞め方が出来ないのか・・・」悩みました。

 

きっと自分は常識がないのだろうと思いました。

 

 

 

学生最後のバイトがコールセンターだったのですが、そこで気付いたのです。

 

自分は言われるがまま従い続け、限界が来ると爆発してしまうのだと。

 

その頃にはもう我慢の限界を通り越しているので、最後はそんな辞め方になってしまう。

 

 

 

バイト先からすると、私はとても貢献してくれるバイトだったけど、ある時にいきなりブチ切れて辞めた・・・そう認識されていたと思います。

 

しかもどれだけ貢献していても「最後は非常識な辞め方をした人」で終わり。

 

普段から自分の意見を言えていた人の方が評価されるのです。

 

 

 

 

多分他の人なら、シフト協力出来ない日はきちんと断り、自分がしんどくない程度にシフトを入れていたでしょう。

 

そして求人と違う仕事内容でしんどくなったら、きちんと上の人に自分の気持ちを伝えていたでしょう。

 

 

理不尽な扱いを受けたら、さっさと辞めていたでしょう。

 

所詮、学生バイトですもん・・・自分の気持ち第一の選択をするのが当然です。

 

 

 

 

でも、私はそれらが出来ませんでした。

 

何もかもYESマンになってしまうと、相手も「もっと、もっと」となるのは当然です。

 

そして私が無理をしている事にも気付かないでしょう。

 

 

 

私は、自分で自分の首を絞めていたのです。

 

無理を引き受けてくれる“都合の良いバイトさん”になってしまっていました。

 

 

 

 

私は「助かるわ」「ありがとう」そう言われるとホッとしました。

 

嬉しいという感情よりも、ただホッとしたのです。

 

 

 

 

当時は気付けませんでしたが、今となると家庭環境にそっくりでした。

 

親の言う事に従い続ける。

 

文句も言わずに我慢し続ける。

 

 

 

そんな事を長年続けていた私は、

 

指示されると全部従わないといけない。

 

そして、どれだけしんどくても我慢しないといけない。

 

この思考がこびりついていたのです。

 

 

 

 

そりゃあ、爆発するのも当たり前ですね。

 

自分を最優先にするという当然の権利を主張出来なかった私は、本当に色んな所で良いように使われていたと思います。

 

 

“良い人”ではなく、“都合の良い人”でした。

 

 

 

毒親育ちの後遺症で厄介なのは、服従してしまう相手は親だけにとどまらないという点です。

 

会社、友達、恋人の場合もあるでしょう。

 

 

 

とにかく命令・指示されたら、どれだけ理不尽でも「従わないといけない」と思ってしまうのです。

 

例え自分をどれだけ押し殺しても、そうすべきだと癖づいているのです。