支配的な毒親に30年苦しんだ私が地獄から生還するまで

自分の親が毒親か見極めたい/毒親から解放されたい/生きづらさを解消したい/そんな方に伝えたいブログ

父の涙。~毒親育ちです~

こんにちは。

毒親育ちの梅野いより(@umeno_iyori)です。

 

 

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私は、教育虐待と宗教の強要を受けて育ちました。

 

 

 

うちの親は過干渉。

 

進路、習い事、宗教・・・全部親が決めました。

 

 

とにかく自分の価値観以外は認めない、そんな親でした。(両親共に過干渉。母は私が6歳の時に他界)

 

 

 

私は自分の意見なんて言えた事がなく、全部親に従って生きてきました。

 

逆らうと怒られるからです。

 

 

 

普通、子供は悪い事(他人様に迷惑をかける・モラルに反する事をする)をしたら怒られるのでしょうけど、うちの場合は“親の言う通りにしない“と怒られていました。

 

とにかく父親が怖くて、家に帰って靴があると心臓が飛び上がりました。

 

 

 

 

そして父はある新興宗教にハマり、生活の軸と考えていました。

 

ただ、同居している祖父母(父方)はその宗教が大嫌い。

 

 

 

だから集会がある日は大変です。

 

 

 

 

 

私だって集会なんて行きたくない。

 

でも、そんな事言ったら父親に怒られる。

 

 

でも、我慢して行ったら祖父母に当たられる。

 

大人同士で話し合いでも喧嘩でもしてくれたら良いのに、いつも私と弟が板挟みになるのです。

 

 

 

 

・・・めちゃくちゃ、しんどかったですよ。

 

こんな事してるの、うちだけじゃないの?っていつも思っていました。

 

 

 

 

 

そんな恐ろしい父の涙を一度だけ見た事があります。

 

その日も宗教の集会があったのです。

 

 

 

もちろん父は私と弟を連れて行く気満々。

 

祖父母が夕飯の準備をしてくれていたのですが、「今日集会だよ」と伝えると

 

「いいから、食べなさい」と言われました。

 

 

 

明らかに夕食が暗い雰囲気に・・・

 

黙って食べていました。

 

 

 

 

そしたら父が帰ってきて「いより~」と私を呼びました。

 

 

 

祖父が「あかん!!行かせるか!!子供ら、ご飯も食べてないのに・・・」と怒鳴り散らしました。

 

父「でも、(集会は)8時半までだから・・・」

 

祖父「じゃあ一人で行って来いよ!!!」

 

 

 

 

それから父は外に出た様子もなく、玄関で待っているのです。

 

もう私は震えていました。

 

 

 

ご飯を早く食べ終わるのが正解なのか。

 

ゆっくり食べるのが正解なのか。

 

もう分かりませんでした(笑)

 

 

 

 

でも、もう怖くて早めに食べ終わった気がします。

 

祖父が「もう早くお父さんの所に行って来いよ!!」

 

次は私と弟に怒鳴りました。

 

 

 

 

そして玄関に行った時、父の目に涙が・・・

 

父は黙って私達を集会に連れて行きました。

 

そして、帰ってくるといつも通り祖父母にはムスッとされました。

 

 

 

祖父が父に怒鳴ったのは、別に私達を庇ってくれた訳ではありませんでした。

 

宗教の集会に行く父親と私達にイライラして当たっただけです。

 

 

 

毎回毎回、集会の日はこんなでした。

 

祖父が父に怒鳴ったのはこの日だけでしたが。

 

 

 

 

この人達は子供の気持ちなんてお構いなしなんだろうか?

 

そんな質問、今になると無意味である事は言うまでもありません。

 

 

そして、そんな宗教にハマる息子を育てた自分達に責任は感じないのだろうか?

 

この質問も、きっと無意味でしょう。

 

 

 

父の涙・・・忘れられませんでした。

 

 「父の味方でいないといけない」

 

いつの間にか、そう思うようになっていました。

 

でも、きっと祖父母とも上手くやらないといけないのだろう・・・

 

 

 

私は幼い自分自身よりも、価値観を押し付け合う親達にアンテナを張って生きてきたのです。

 

私にとって、家は「我慢する場所」でした。