支配的な毒親に30年苦しんだ私が地獄から生還するまで

自分の親が毒親か見極めたい/毒親から解放されたい/  生きづらさを解消したい/そんな方に伝えたいブログ

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毒親育ちの私が、親にして欲しかった事

こんにちは。

毒親育ちの梅野いより(@umeno_iyori)です。

 

 

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うちの親は過干渉。進路も習い事も何もかも決められました。

 

「来週から〇〇習うから!」私に相談も無しに、その一言で決まるのです。

 

 

 

小学校から週6で中学受験の為の塾と習い事。友達と遊ぶ事なんて出来ませんでした。

 

 

 

中学受験に合格してからも、相変わらず勉強ばかり。

 

どこで聞いてきたのか「部活をしている子は、大学受験の時に成績の伸びが違う」

無理矢理部活に入るように言われました。

 

 

 

大学に受かってからは、流石に勉強しろとは言われませんでしたが、宗教の強要が始まりました。

 

 

このように、いつ何時も私は親が課するノルマに追われていたのです。

 

 

 

何故反抗しなかったか。

親が怖かったんです。

 

怒鳴られるくらいなら我慢しよう。

親の機嫌が良いなら、言う事を聞いていよう。

 

こうやって自分を抑え込むのが当たり前になりました。

 

 

 

 

 

反抗期なんて無く、私はいつでもギリギリで精神を保っていました。

 

 

 

「これさえ終われば…」毎回そう思っても、また親から次の課題があるのです。

 

限界でした。もうとっくに限界で、あれはただの“厳しい親”じゃない。

 

完全な“虐待”でした。

 

 

 

そして私は30歳を超えてもまだ、後遺症に苦しんでいます。

今はだいぶマシにはなりましたが。

 

 

 

 

私はどんな風に育てられたかったか。

 

人として扱って欲しかった。

 

親だって人間です。

100点なんて求めていません。

 

 

 

ただ、きちんと自分の意見を聞いて欲しかった。

 

喧嘩になってもいいから、きちんと気持ちを言い合える親子関係でいたかったのです。

 

 

親と喧嘩出来る友達が羨ましかった。

 

 

 

 

うちの親は、中学受験の時も習い事を始める時も必ず

「いより(私)がやりたがっている。したいか?って聞いたらしたいと言った。」そう言いました。

 

 

事実です。

でも本音ではありません。

 

 

恐れている親が怖い顔で

「中学受験したいよな?!」そう聞いてくる。

 

 

10歳くらいの私は「うん」と言うしかなかったのです。だって「嫌だ」と言ったら親は怒るから。

 

親もそれを分かっていて、“恐怖”を武器に使っていたはずです。

 

 

 

 

そんな小さな子に何が出来ますか?

同居している祖父母も見て見ぬふり。

 

周りの大人に助けを求める事なんて思いつきもせず、従うしかなかったんです。

 

 

 

私はただ、怒られたくなかった。

親と普通に話がしたかった。

 

 

服従関係ではなく、対等に扱って欲しかった。成績が優秀でなくても、愛して欲しかった。

 

 

 

気持ちのある人間だと分かって欲しかったんです。

家が安心出来る場所であって欲しかった。

 

 

 

「子供時代?普通に幸せだったよ」そう言いたかった。

 

もし子育てに向いてないと気づいていたら私を手放して欲しかった。

施設でも養子でも良い。

 

まともな親の所に送り出して欲しかった。

 

 

 

普通の子供時代を過ごしたかったんです。

 

 

 

今からでも普通の親子関係を築きたいか?

 

そう聞かれると答えはNOです。

 

 

毒親なんて、もう近づきたくもないです。

 

まっぴら御免です。

 

 

今は親の老後の世話も介護もない、気楽な未来を取りたいです。

 

やっとメリットの方が多くなってきたのですから。