支配的な毒親に30年苦しんだ私が地獄から生還するまで

自分の親が毒親か見極めたい/毒親から解放されたい/生きづらさを解消したい/そんな方に伝えたいブログ

母もアダルトチルドレンだった ~過干渉型毒親育ちです~

こんにちは。

毒親育ちの梅野いより(@umeno_iyori)です。

 

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私は、教育虐待と新興宗教の強要を受けて育ちました。

 

母親は6歳の時に亡くなっています。

 

 

 

この母親が父以上に教育ママで、完全なる毒親だったと思います。

 

早くに亡くなったので思い出はそんなに多くありませんが、今回はあるエピソードをお話します。

 

 

 

 

 

小学校1年生の運動会の日でした。


友達は親と一緒に帰ったのですが、うちの親は先に帰ってしまっていました。

 

仕方なく私は一人で帰りました。

 

 

 

 

今考えるとそんなに大した事でもないのですが、子供だった私は母に「どうして先に帰ったの??!友達のお母さんは待ってたのに!!!」と責めたのです。

 

 

すると母は火が付いたように怒りました。

 

私にではなく、自分の母親(祖母)に。

 

 

 

 

「私はそんな事してもらってきてないから、私も子供に出来ないんだ!!」

 

 

黙って俯いている祖母に対して、罵声を浴びせ続けたのです。

 

父が止めに入っても、母はしばらく落ち着きませんでした。

 

 

 

 

母と祖母の事は後に散々聞かされたのですが、祖母はいつも仕事に追われていて(お店を経営していた)一人っ子の母は子供の頃寂しい思いをしたそうです。

 

あまりにも寂しくて、お客さんが店に入るのを通せんぼした事もあったそう。

 

 

 

 

そして自分の母親(祖母)をあまり好いていませんでした。

 

大人になっても確執は消えず・・・。

 


その心の穴を、自分の子供で埋めようとしたのかもしれません。

 

それが英才教育という形だったのでしょうが、それで救われるはずもなく・・・。

 

 

 


母親の愛情を存分に受けれなかった自分が子供を育てる事・それ故の至らなさ・自分を責める思い・・・母にも色んな葛藤があったのだと思います。

 

 

 

私はそれを恐れて、選択子なしを選びました。

 

 

 

 

 

小さな頃の、数少ない母の思い出。

 

母もアダルトチルドレンだったのだと思います。