支配的な毒親に30年苦しんだ私が地獄から生還するまで

自分の親が毒親か見極めたい/毒親から解放されたい/生きづらさを解消したい/そんな方に伝えたいブログ

亡き毒母に思うこと

 

こんにちは。

毒親育ちの梅野いより(@umeno_iyori)です。

 

 

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うちの母親は、私が6歳の時に亡くなっています。

 

この話をすると「可哀想」「大変だったね」必ずそう言われます。

 

 

 

 

でも、私の本音はこう。

 

「いや、いた方が大変でしたよ」って。

 

実際こう言い返した事はないですが・・・

 

 

 

 

母と過ごしたのは、たった数年。

 

でも強烈な印象が残っているのです。

 

母はとにかく教育ママでした。

 

 

 

⇩母の事は最初の方に書いています。

 

 

私立の幼稚園に通い、英語などの勉強。

 

バイオリン、ピアノ、エレクトーン、スイミング・・・

 

まだ幼稚園なのに、数えきれない程の習い事。

 

 

 

でも母の中ではまだまだ物足りないみたいで、他にも英会話や体操の体験。

 

そして、母が私にさせたい習い事リストを書いているのを見た事があります。

 

お琴、生け花、茶道・・・

 

 

子供ながらに「まだするの?!」という感じでした。

 

 

 

 

そして、家でも英才教育。

 

ひらがなの読み書き。算数。

 

小学校に上がる前に、教えたかったみたいです。

 

 

 

思うように勉強が進まないと

「なぜ出来ないんだ!」

「アホのくせに!」

 こんな暴言は日常茶飯事でした。

 

 

 

 

そして一番強烈なエピソードとして残っているのが、これ。

 

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※上が正しくて 下が間違い。 掌で下から支えて持ってはいけないのです。私は下の間違った持ち方が癖になっていました。 すると母親が赤い印を付けた所に 画鋲を貼ったんです。

 

 

「いつまで経っても、間違った持ち方の癖が治らないから」と言っていました。

 

異常としか思えません。

 

 

 

でも、その頃は「親が異常だ」なんて分かりませんでした。

 

きっと他のお母さんも、こんな感じなんだろう・・・

 

怒られないように・・・頑張るだけでした。

 

 

 

 

そして小学校に上がる時、母親は私立の小学校を望みました。

 

でも、受験方法はクジ。

 

頑張りようがないのです。

 

 

 

母には何度も「クジを引く時に、お経を唱えなさい」と直前まで言われました。

 

※うちの両親は、ある新興宗教にハマっていました。

 

 

 

「分かった」と言いつつ、クジを引く時には忘れていました。

 

だって5歳の子供ですもん。

 

 

 

 

そして不合格。

 

母は怒り狂い、「ちゃんとお経は唱えたのか!!!?唱えていたら合格するはずだ!!」と罵倒されました。

 

 

 

私は泣きながら「してない・・・」と正直に言いました。

 

それから長時間罵倒され続けたのは言うまでもありません。

 

 

 

今考えると、とんでもなく理不尽なのですが5歳の私は謝り続けました。

 

正直、そのクジ(受験)が何なのか?それすらもよく分かっていませんでした。

 

 

 

とにかく、母は怒り方が異常で

 

きちんと挨拶が出来なかっただけで(3歳くらいの時)、「お前の事を川に捨てる」と言って車で本当に川まで連れて行かれた事もありました。

 

すぐ引き返しましたが、子供の私は本当に捨てられると思いました。

 

 

 

 

母はいつも鬼のような形相で、イライラしていました。

 

子育てが大変だったのもあると思います。

 

 

 

でも、そんなに習い事を幼い私にさせて上手く出来なかったらイライラ・・・

 

そんな事をしていたら、何倍もしんどい子育てになっていたのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

母が亡くなった時、私は泣きませんでした。

 

みんな私と弟に対して「可哀想。」と言いました。

 

でも、悲しくなかったのです。

 

 

 

私が泣かないのは、まだ母親の死が理解出来ていないのではないか?

 

周りはそう思ったかもしれません。

 

 

でも違います。

 

しっかり理解していました。

 

 

 

 

自分の気持ちをストレートに書きます。

 

母が亡くなってホッとしたのです。

 

 

もう怒られなくて済む。もうあんな日々を送らなくて済む。

 

そう思いました。

 

 

 

だから冷静に葬式でも母の写真を見ていました。

 

その先も、「母に会いたい」そんな事一度も思った事がありません。

 

 

 

 

 

そして大人になった今、母に対してこう思います。

 

 

亡くなってくれて良かった、と。

 

あのまま生きていてくれなくて良かった、と。

 

 

 

だって未来が目に見えるからです。

 

母があのまま生きていれば、あの教育虐待が続く。

 

 

 

きっと私は、ずっとしんどい日々を過ごしていた。

 

 

そして、いつか気付く。

 

「うちの母親はおかしいんじゃないか?」

 

 

母を嫌う。

 

そして大人になって逃げる。

 

そうなっていたに違いないからです。

 

 

 

 

実際、母の後を受け継いで教育虐待・宗教の強要をした父親に対して、まさに同じような状態になっているのです。(絶縁済み)

 

 

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ママへ。

 

あなたが生きていたとしても、娘として私はあなたを好きになる事はなかったと思います。

 

 

確かに、母親がいない事で大変な事もあった。

 

同情され、差別され、晒し物にされる事もあった。

 

30代になった今でも、「可哀想。大変だったね」なんて面倒な事を言われます。

 

 

 

そんな大変な事を差し引いても、あなたにいて欲しくなかった。

 

 

 

あなたが若くして亡くなった事。

 

みんなは不運だというけれど、私には幸運だったのかも・・・そう本気で思うのです。

 

天が味方してくれて、母を連れて行ってくれたんじゃないか?って。

 

 

 

 

「産んでくれてありがとう」そう思えるようになったのも最近です。

 

出産も育児も大変だったと思う。

 

それは感謝します。

 

でも、本当は別の家に生まれたかった。

 

 

 

どちらにしろ、良い親子にはなれなかったと思います。

 

あなたが母親(祖母)を嫌っていたように、私はあなたを嫌ったと思います。

 

 

 

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でも、母が亡くなって終わりではありませんでした。

 

新たな試練がありました。

 

 

 

母の死後、引き続き父から教育虐待と宗教の強要を受ける事になります。

 

私の地獄はまだ始まったばかりでした。