支配的な毒親に30年苦しんだ私が地獄から生還するまで

自分の親が毒親か見極めたい/毒親から解放されたい/生きづらさを解消したい/そんな方に伝えたいブログ

【暴力だけが虐待じゃない】精神的虐待の辛さ ~過干渉型毒親育ちです~

こんにちは。

毒親育ちの梅野いより(@umeno_iyori)です。

 

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私は、教育虐待と新興宗教の強要を受けて育ちました。

 

典型的な過干渉型毒親です。

 

 

 

親は私が自分の意に反する事をすると怒鳴り散らすので、私は何もかも親の言う事に従ってきました。

 

親が帰ってきたドアの音で心臓が飛び上がる・・・親にビクビクする生活で私はボロボロになっていきました。

 

 

 

自分の意見なんて殆ど言えた事がありません。

 

分かってもらおうとした事もありましたが、すぐに諦めました。

 

 

「おとなしく親に従う」それが最善の選択だったのです。

 

従順な私に対して、親は容赦なく要求を増やしていきました。

 

 

 


私は親にとって、良い子供・・・いや、“都合の良い子供“だったと思います。

 

子供というよりも、奴隷や人形という表現の方が的確です。

 

 

自分自身、生きている感じがしなかった。

自分を押し殺して親に従う・・・そんな生活を長年続けて普通でいれる訳がないのです。

 

 

 

 

そんな親は、周囲の人にこう話していました。

 

「僕は、一度も子供に手をあげたことがない」

 

それはもう・・・自慢げに、自分ほど出来た親はいないかのように。

 

そして、社交辞令だとしてもそんな親を褒めたたえる周りに吐き気がしました。

 

 

 

 


親に長年苦しんだ私の本音はこうです。

 

そんな事自慢にならないよ?!

暴力だけが虐待じゃないよ!!!

 

 

 

 

手をあげなくてもヤバい親はいるし、まともな親なら一度くらい手をあげても全くヤバくない。

 

ただの押し付けではなく正当な理由があるなら、全然おかしくないのです。

 

こんな事、普通に考えれば分かりますよね・・・。 

 

 

 

 

 

親の言葉は、私にはこう聞こえました。

 

手をあげなければ、何をしてもいい。


親自身も、異常な子育ての中で「手はあげていないし」という正当化だったのだと思います。

 

 

 

 

確かに精神的虐待は、体に傷が残らないから身体的虐待よりも分かりにくい。

 

でも心に傷が残っている時点で、全く同じ。

 


「虐待=暴力」そんなイメージがあるかもしれませんが、暴力以外の虐待も存在するのです。

 

 


確かに体に傷はないけど、どれだけ辛かったか。どれだけ心を殺されたか。

 

私は一生この傷と生きていかなければいけません。

 

 

 

 

親に言いたい。

 

あなたは暴力を振るわなかったけど、立派な毒親だよ。

 

 

私が大事だから殴らなかったんじゃない。

 

殴ってしまった瞬間、自分を“良い親“とは思えなくなる。それに耐えれなかったんでしょ?

 

 

“殴らない事“は愛情ではなくて、自分の子育てが間違っていないと正当化する為の手段だったんだよね。

 

 

 

 

子供の為じゃない。

 

自分の為に殴らなかったんだよね?