支配的な毒親に30年苦しんだ私が地獄から生還するまで

自分の親が毒親か見極めたい/毒親から解放されたい/生きづらさを解消したい/そんな方に伝えたいブログ

宗教脱会を毒親に報告した時の話 ~新興宗教3世です~

こんにちは。

毒親育ちの梅野いより(@umeno_iyori)です。

 

 

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私は教育虐待ともう一つ、宗教の強要を受けて育ちました。

 

生後一カ月で、ある新興宗教に入会。

 

 

30歳で脱会するまで、活動をしていました。

 

 

 

今回は、脱会を親に報告した時の話をします。

 

 

何よりも宗教が一番の両親でした。

 

私が産まれた時、その宗教の教祖様に名付けをお願いしたそうです。

 

 

 

 

母が亡くなった後も、父は宗教一筋でした。

 

「どうして宗教をしているのに、母は若くして亡くなったのか」そんな疑問なんて持つ事もなく、宗教に没頭しました。

 

 

 

 

「もし、いよりが会社を辞めてきても怒らない。

もし離婚をしても怒らない。

でも、宗教をやめるのだけは許さない。

 

昔、そう言われた事があります。

 

(まぁ会社を辞めたらバッチリ怒られましたけどね、笑。

過干渉な父親。実際は宗教以外の事もしっかり干渉してきました。)

 

 

 

 

とにかく

「この宗教を手放すのだけは許さない」

 

これが口癖でした。

 

 

「この宗教は世界一。

この宗教なしで幸せになれる訳がない。

何を手放しても、この宗教だけは死ぬまで手放すな。」

 

そう言われました。

 

 

 

 

そんな私が脱会。

 

 

幼少期から「この宗教から離れたら不幸になる。亡くなった人もいる」そう洗脳された私は、不幸になるのが怖くて活動していました。

 

 

でも色んなきっかけで宗教から離れ、結婚後に正式に脱会届を出しました。

 

 

 

 

 

いつかバレる。

 

きっと父親の元に連絡がいく。

 

脱会した事を内緒には出来ない。

 

 

 

昔から父が怖くて、私は言いなりでした。

 

大人になってからも、父から着信があるだけで心臓がバクバクしました。

 

 

 

そんな恐ろしい父親に、報告しなければいけない。

 

しかも父が何よりも大事だと思っている宗教を脱会した、と。

 

 

 

 

電話の方が良いだろう。

 

でも私にはそんな勇気が出ませんでした。

 

メールをする事にしました。

 

文章を考え、打ちました。

 

 

 

 

 

その時、私は気付いたのです。

 

自分の気持ちなんて書く気になれないのだと。

 

 

 

冷静に考えると、自分の気持ちなんて今まで聞いてもらった事ない。

 

私は、全部父の言う事に従うだけの人形でした。

 

 

 

今更、宗教を脱会した私の気持ちなんて・・・向こうも興味がないだろう。

 

私の気持ちなんて一度も気にした事なんてないだろう。

 

こちらも分かってもらおうとも思わなかったのです。

 

 

 

メールは

「〇〇(宗教)を脱会しました。

私の気持ちは分かってもらえないと思うけど、自分で決めた事に後悔はありません。」

 

 

ただ報告するだけの簡素な文章でした。

 

これが、私と父親の築いてきた関係そのものでした。

 

 

 

 

 

あとは送信ボタンを押すだけ。

 

 

 

でも出来ない・・・

 

怖い・・・

 

 

父がこのメールを読んだ瞬間、電話がかかってくるんじゃないか。

 

家に怒鳴り込んでくるんじゃないか。

 

 

体の震えが止まりませんでした。

 

 

 

送信するまで凄い時間がかかったと思います。

 

黙っておく事も出来たかもしれない。

 

 

でも私はもう終わらせたかったのです。

 

親に報告するまでが、私の試練だったから。

 

 

 

 

勇気を出して、送信しました。

 

すぐに既読が付きました。

 

 

 

心臓はドキドキしたまま・・・

 

「やはり黙っておいた方が良かったか・・・」

 

そう思いながら返事を待ちましたが、意外と返事はありませんでした。

 

 

 

怒りのあまり、返事をしなかったのか。

 

呆れられてしまったのか。

 

父の気持ちは分かりません。

 

 

 

ただ父にとって、何よりもショックな出来事だったでしょう。

 

結局、それから父には一度も会っていません。

 

その後1年間の疎遠期間を経て、翌年に絶縁状を出す事になります。