支配的な毒親に30年苦しんだ私が地獄から生還するまで

自分の親が毒親か見極めたい/毒親から解放されたい/生きづらさを解消したい/そんな方に伝えたいブログ

新興宗教3世の私が、宗教に対して思う事

こんにちは。

毒親育ちの梅野いより(@umeno_iyori)です。

 

 

f:id:umeno_iyori:20210225220818p:plain

 

 

私は教育虐待ともう一つ、宗教の強要を受けて育ちました。

 

生後一カ月で入会。

 

世間で嫌われまくっている新興宗教です。

 

 

※今は脱会済み

 

 

 

今回は、30年間新興宗教の信者だった私が宗教に対して思う事を書きます。

 

宗教自体を否定するものではありません。

 

宗教は自由だからです。

 

あくまで、私がある新興宗教の信者として見てきた世界で感じた事を書きます。

 

 

 

 

このブログはストレートに書くのがウリなので(笑)はっきり書きます。

 

私にとって宗教は、不要なモノでした。

 

 

 

 

「宗教とは、生活に寄り添うモノ。」

「自分の力を発揮させる事が出来るモノ。」

 

 

そういう謳い文句が多いですが、決してそうではありません。

 

 

 

信者である自分が主体ではなく、宗教が主体だからです。

 

 

「自分がより良くなる」のではなく、自分を押し殺して宗教の教訓に従う」です。

 

 

活動家になればなるほど、そうなります。

 

 

 

 

 

自分のポテンシャルを引き上げてくれるような言い方をしますが、全くの別物になれという事です。

 

つまり「宗教が望む人間になれ。都合の良い人間になって、宗教に貢献してくれ」って事です。

 

 

 

もっとはっきり申し上げると、布教活動をしてお布施をたんまりしろって事です。

 

そもそも布教活動も、お布施を増やす為ですね。(信者が増えるほど、金額が増える)

 

 

 

 

現実はこうなのです。

 

こんなの、無宗教の人からしたら常識かな?

 

私は30歳まで気付けませんでした。

 

 

 

 

あと宗教をする理由として「幸せになる為」と言いますが、私は今ではこう思うのです。

 

 

 

幸せなんて、絶対的なモノはないのです。

 

人生は良い時期も悪い時期もある。

 

そして自分の幸せの基準も変わる。

 

 

 

宗教では、常に幸せでいる心を手に入れるのが最高の幸せだ。活動を頑張れば手に入る」だなんて言いますが、有り得ないのです。

 

 

幸せは、いつか来るゴールじゃない。

 

人生のどこかに沢山散りばめられているモノです。

 

 

 

だから、「幸せになる」って思考がおかしいのです。

 

一度幸せというゴールに辿りつけば、ずっと幸せ・・・そんな訳ないのです。

 

 

 

もちろん、個人がどう思おうが勝手です。

 

でも、幸せを餌にして布教活動をさせるのはどうなのでしょうか。

 

 

 

信者はその手に入らない「絶対的な永久の幸せ」の為に活動する。

 

いつか幸せというゴールにたどり着く為に。

 

 

 

そんなモノ、死ぬまで・・・いや、死んでも手に入らないのです。

 

だから、永遠に活動を続ける。

 

 

 

「幸せ」なんて、いちいち考えなくて済むのが一番幸せなのです(笑)

 

 

 

そもそも新興宗教なんて、ビジネスです。

 

宗教法人と言っても、株式会社と一緒。

 

 

信者から売上を上げるのが仕事です。

 

宗教では幸せになれません。

 

宗教をしていて幸せな方は、ご自分で努力されたのだと思います。 

 

 

 

 

私はこの先、宗教に関わる事はありません。

 

大嫌いです。

 

他の宗教は知りません。

 

でも自分の中で、宗教のイメージは最悪です。

 

他を知ろうとも思いません。

 

 

 

人生は自分で決めるモノ。

 

辞めた今、心の中のわだかまりが取れたような気がします。