支配的な毒親に30年苦しんだ私が地獄から生還するまで

自分の親が毒親か見極めたい/毒親から解放されたい/生きづらさを解消したい/そんな方に伝えたいブログ

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生きづらさの原因。毒親に植え付けられた恐怖

こんにちは。

毒親育ちの梅野いより(@umeno_iyori)です。

 

 

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毒親育ちって絶対的に生きづらいんですけど、その核心に辿り着けた気がするので書きます。

 

 

 

 

 

 

私は教育虐待と宗教の強要を受けて育ちました。

 

 

 

 

私の生い立ち⇩

 

 

 

 

教育虐待。父親に怒鳴られる恐怖

 

私は教育虐待を受けて育ちました。

 

幼少期から、殆ど毎日習い事。

 

中学受験も強制され、勉強ばかりで友達と遊ぶ時間なんてありませんでした。

 

周りの子はみんな思い切り遊んでいるのに・・・

 

とにかく辛い家庭環境でした。

 

 

人生で色んな経験をしてきましたが、自分の家庭環境ほど“地獄”と言えるモノはありません。

 

 

うちの家庭のルールはこう。 

 

ただ親が言う事に服従し、“嫌な顔一つせずに従う“でした。

 

そのせいで反抗期もなかったです。

 

それどころか、自分の意見なんて言えるような親じゃありませんでした。

 

 

 

どの習い事も、中学受験も自分からやりたいなんて思った事はないです。思うはずないです。

 

嫌でたまりませんでした。

 

もう逃げ出したいのです。

 

普通に、みんなと遊びたいのです。

 

では、どうして親に従ったのか?

 

とにかく親が怖かったのです。

 

 

 

少しでも反論すれば、怒鳴られる。

 

自分の意見と親の意見が違うだけで、親のスイッチが入ってしまう。

 

 

 

私は“恐怖”に縛られていました。

 

 

小さい頃から父親の帰ってくるドアの音がしたら、心臓が飛び出そうになる。

 

大人になってからも着信が父親からだと「怒られる!」と動悸が止まりませんでした。

 

 

 

宗教に対する恐怖

 

大学受験が終わり、次は本格的に宗教の強要が始まりました。

 

 

幼い頃から言い聞かされた「この宗教を捨てたら不幸になる。集会を1回でもサボったらその分ツケが回る。」

 

 

私はこの言葉で、宗教にとんでもない恐怖を感じ、不幸にならない為にしがみつきました。

 

集会も、自己都合以外の理由(残業が長引いた、など自分の努力ではどうしようもない事)以外は全部参加しました。

 

 

だって、自分の甘えで行けなかったら罰が当たると思っていたからです。

 

 

 

「この宗教は凄いんだよ。幸せになれるんだよ。医者要らずで癌が治った人もいるんだよ」

 

そんな言葉全く信じていません。

 

幸せになるなんて信じていない。

 

 

でも、不幸になるのは本当かもしれない。

 

私は触らぬ神に祟りなし・・・に触ってしまったのだ、と。

 

世間から嫌われまくっている新興宗教。

 

沢山嫌な思いをしました。

 

せっかく勉強からも解放されたのに、私はまた縛られて時間を過ごしました。

 

 

 

 

 

いつの間にか“恐怖“を感じる事が癖に

 

 

教育虐待は大学受験が終わるまで。

 

宗教の強要は大人になっても続きました。

 

父親の次は、宗教に対しての“恐怖”に縛られました。

 

 

 

そう考えると、私はいつも親が作り上げた“恐怖“に怯えていました。

 

 「父親に怒鳴られる恐怖」と「宗教をサボったら罰が当たる恐怖」です。

 

誰かに相談する事も出来ませんでした。

 

「もっと酷い目に遭うかもしれない」と思ったからです。

 

 

 

親からしたら都合がいいでしょう。

 

“恐怖“で子供を簡単に従わせる事が出来るんだから。

 

 

 

 

今考えると、他人に対しても私は“恐怖“を感じていました。

 

他人に傷つけられないように沢山の労力を費やしました。

 

 

傷つけられないか常に警戒し、「もし、こう言われたらこう言い返そう。」と、自分が害を受けないように、傷つかないように頭の中でシミュレーションする。

 

必要ならば攻撃的になる。

 

そんな事ばかりしていました。

 

結局親といた時と同じように、他人の顔色を伺いながらビクビクしていました。

 

とてもじゃないけど、自分の人生を生きていませんでした。

 

 

 

また、幼い頃から許されなかった「自分で決めて行動する」をしようとすると恐怖で動けなくなるのです。

 

ただ、自分の好きな事をするだけなのに・・・抵抗があるのです。

 

まるで「そんな事してはいけないよ」そう言われているようでした。

 

 

ある時気づきました。

 

 

私は大きな“恐怖“を抱えている。

 

しかも、過剰すぎるくらいの。

 

 

自分は敵がいる訳でもないのに、ずっと牙をむいて吠えている犬のようでした。

 

過剰な防衛本能だったのです。

 

 

 

その過剰な防衛本能が癖になっていたのです。

 

その原因はすぐに家庭環境だと分かりました。

 

 

だって、親に怯え、宗教に怯え30年も生活してきたのです。

 

“恐怖“のない安心した状態なんて、殆ど経験した事がありませんでした。

 

いつも自分の身を守る事に必死になりながら、生きてきたのですから。

 

 例え安心できる場所にいても、身の危険を感じてアンテナを張っていたのです。

 

 

 

カウンセリングを受けてこんな事を自覚出来るようになりました。

 

私の場合この“恐怖“をコントロール出来ればかなり生きやすくなるのではないか

 

 

“恐怖心”はある程度は必要です。

 

でも、過剰すぎると自分を傷つけるだけ。

 

ちなみに、長年しがみついた宗教を手放せたのは「もう不幸になっても、罰が当たってもいい。どうにでもなれ。この先ずっと怯えて生きていくよりマシだ」そう思えたからでした。

 

 

恐怖心が無くなった瞬間、冷静に自分の思い通りに行動出来たのです。

 

自分の中でも、この“恐怖”と付き合う事が解毒へのカギになりました。

 

 

 

何に怯えているの?

 

冷静に自分にそう問いかけると、大した問題ではなかったりします。

 

ただの自分の妄想だったり。

 

あくまで癖なのです。

 

もしかしたら、自分が思っているよりもそんなに怖い世界じゃないかもしれない。

 

実際に経験する“怖い事”よりも、自分の中にある過剰な恐怖心の方が厄介かもしれません。